はじめに
現在(2022年8月)、「エスカレーター『歩かず立ち止まろう』キャンペーン」が開催されていることをご存知ですか?
先日、弊社のコラムでも紹介させていただきました。
(エスカレーター『歩かず立ち止まろう』キャンペンーンの紹介記事はこちら)
こちらのキャンペーンは、全国各地の鉄道駅でポスターが掲出され、電車内のデジタルサイネージにもポスター広告が出ているのを見たかたもいらっしゃると思います。
1か月ほどのキャンペーンを大々的に行う理由として、特に駅構内のエスカレーターは長く、利用者も多いため、すれ違いざまに荷物がぶつかりヒヤリハット事例が起きたり、バランスを崩してしまい転倒するなど、事故があちこちで起きています。
実際に令和2年度にエスカレーター事故で緊急搬送された人の過半数以上が交通施設内になります。
(救急搬送データからみる日常生活の事故(令和2年)より引用)
これらの事故を未然に防ぎ、バリアフリーな社会を広げるために、どうしてエスカレーターで「歩かず立ち止まる」べきなのでしょうか。
人々の流動をシミュレーションした結果について、今回はご紹介いたします。
<目次>
1.いつから片側空けが定着したのか
2.ロンドンの地下鉄でのシミュレーション
3.NHKのシミュレーション
1. いつから片側空けが定着したのか
いわゆる“片側空けルール”を世界で最初に始めたのは、1940年ごろのイギリス・ロンドンの地下鉄駅と言われています。
皮肉にも、当時は第2次世界大戦の真っ只中で、輸送需要が急増し、何よりも効率化が優先された時代でした。そのため、「エスカレーターでは左側を空けよう」というキャンペーンが行なわれたという背景があります。
今では、イギリスのみならず、アメリカ・フランスをはじめとした、世界各国がエスカレーターの片側空けを実施しています。
(こちらはロンドンの地下鉄駅のエスカレーターです。右側を空けて乗っていますね。[Wix内素材])
また、日本では大阪府の阪急梅田駅が最初と言われています。効率化が叫ばれた高度経済成長期にあたる1960年代末、構内で「急ぐ人のために左側を空けましょう」とアナウンスが流されました。
特に、1970年に大阪万博が開催されたこともあり、欧米諸国と並ぶことのできる、最先端の国として、世界への存在アピールのためでもありました。
(大阪万博内の太陽の塔へ向かう人々とエスカレーター。まだ両側乗りの乗客たちの様子がうかがえます。[1970年撮影、毎日新聞2018年8月15日記事より引用])
さらに、関東において初めて片側空けが始まった場所は、1989年ごろのJR東京駅、新橋駅、地下鉄新御茶ノ水駅と言われています。
どの駅もターミナル駅で利用者が多く、新御茶ノ水駅に関しては、都内屈指の長さを誇る41mのエスカレーターも設置されています。
(1984年に撮影された、新御茶ノ水駅のエスカレーター4基の写真。まだ両側乗りが見受けられます。)
ただ、イギリスや大阪などとは異なり、関東では自然発生的に起こりました。
関東は右側を空けるように促された要因としては、高速道路の追い越し車線が右側であることも関係しているのではと言われています。
また、当時の新聞など国内メディアの記事には、紳士の国の代表格であるイギリスではエスカレーターの片側空けルールがあることと比較し、「日本がいかに遅れているか」、「片側空けのルールこそ先進国らしい」といったことが論じられていました。
その結果、世間的にも片側空けが容認されていき、日本が世界に引けを取らないためにも、イギリスの慣習を踏襲したという側面もあったようです。
(デイリー新潮2019年10月1日WEB記事より引用)
2.ロンドンの地下鉄でのシミュレーションについて
実は片側空けが始まった、イギリスのロンドンでも日本と同様にエスカレーターの乗りかたについて、様々な声があるようです。
「The Telegraph」というイギリスのWEBサイトにて、驚くべき結果が報告されました。
というのも、ロンドン交通局が、地下鉄駅のエスカレーターで「右側に立ってください(左空け)」という案内を行ってきた中で、大英博物館の最寄り駅であるホルボーン駅で3週間にわたり「両側で立ってください」という試験を行いました。
(The Telegraph 2016年3月18日WEB記事より引用)
その駅構内にて、「両側に立とう」という試験運用が行われ、職員がエスカレーター上下に立って、左側を空けず両側に立つようにと声かけをしたとのこと。
すると、それまで朝のラッシュ時間帯のエスカレーター利用人数が1万2745人だったそうですが、「歩かないように」と声かけを行った日は1万6220人もの人が利用でき、予想の値を上回ったそうです。
確かに歩く人にとっては片側が空いているほうが、先に降りることができますが、両側に乗るほうが4割近くの多くの人が効率的に乗れるのです。
3.NHKのシミュレーションについて
それでは、国内でシミュレーションした事例を紹介します。
2018年にNHKのネットワーク報道部取材班が特集した記事によりますと、東京・中野区にある「構造計画研究所」がエスカレーターの片側空けについてのシミュレーションを行いました。
こちらの会社は建物の構造設計から、それを利用する人の流れのシミュレーションまで幅広い業務を手がけ、社会のあらゆる問題を工学によって解決していくことを理念とした企業です。
今回は関東の左側が停止、右側が歩行した際、または両側で停止した際の全員がエスカレーターを降りきるまでの時間を測りました。
実際のシミュレーションの条件はこちらです。
結果は果たしてどうだったのでしょうか、、
なんと全員が通り抜ける時間に差が生じました。
皆さんはどう予想しましたか?
今回のシミュレーション条件では、なんと36秒も差が発生し、両側で停止した条件のほうが、早く全員が通り抜けられる結果となりました。
また、こちらの画像と動画をご覧ください。
青い色が止まって乗りたい人たちの列ですが、人同士でくっついてしまい、行列ができてしまっているのが見て取れます。
こちらの動画からは、全員が2列で整列することで早くスムーズに全員が乗降できることが分かります。
日常でも、特に利用者の集中する通勤通学の時間帯の駅構内のエスカレーターを思い出していただければ、エスカレーターを乗るために大勢が列を成している光景が容易に思い浮かぶのではと思います。
上記の結果を元にするとすれば、やはり全員が立ち止まり、両側に整列して乗るほうが全員にとって短い時間で利用できるようです。
(2018年11月NHK「未来スイッチ 半径5mから未来を変える」WEBより引用)
終わりに
今回のいくつかのシミュレーションにより、両側で立ち止まって乗るほうが効率がいいことがわかりました。
しかし、実際の生活において、この結果をどう広めていけば、歩行者が減るのでしょうか。
昇降機メーカーが所属する業界団体である日本エレベーター協会は、製造会社はエスカレーターで人が歩くことを想定していない、という見解です。
世界で片側空けが広まったときも効率化を求める時代でしたが、令和になってもまだまだスピード重視の風潮が続いています。
確かに法律で厳しく取り締まるようになれば、この問題も解決していくかもしれません。
しかし、誰かの安全のためを考えることは、すなわち自分たちが生活するうえでの安全を考えることと同義だと、筆者は考えます。
高齢化社会が進行している日本で、改めてエスカレーターの乗りかたについて意識し、まずは当事者として考えてみるのも、これからの日本がより安全で安心な社会になっていくために、必要なことではないでしょうか。
最後までお読みいただきありがとうございました。
参考文献
▹Yahooニュース「エスカレーターの片側立ちの人たちへ!あなたが一歩反対側へ立つだけで日本は変わる!」2020年2月14日記事
▹Yahooニュース「駅のエスカレーターでは、なぜ立ち止まる必要があるのか?10月26日からキャンペーン開始」2020/10/23記事
▹株式会社講談社:コラム記事・現代ビジネス2019年8月16日記事
▹NHK政治マガジン「エスカレーターは「歩かずに立ち止まる」キャンペーン始まる」2019年7月22日記事
▹ダイアモンドオンライン「エスカレーターの「片側空け」はなぜNG?プロに聞く正しい乗り方」2019年4月15日記事
▹WEZZYマガジン「エスカレーターの暗黙ルール「片側空け」はなぜ? 実は効率面、安全面で最悪!」2019年6月15日記事
▹日経エンタメ裏読みWAVE「片側空け→歩行禁止 マナー変わる? エスカレーター」2018年8月31日記事
▹アットトリップ「ロンドンの地下鉄の実験「エスカレーターは、両側に乗るほうが4割近く多くの人が効率的に乗れる」」2016年3月22日記事
▹株式会社構造計画研究所WEB
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