はじめに
前編、後編にわたってお送りしている、江戸川大学名誉教授である斗鬼先生へのインタビュー。
前編では、文化人類学の第一人者である斗鬼先生が、エスカレーターに出会った経緯や、先生の考えるエスカレーターの安全な乗り方についてお伺いしました。
今回は、日本の東西の文化差を通して見える「エスカレーター」の位置づけと、今後の展望についてお話いただきました。
斗鬼 もう一つの興味深い観点は、日本国内の東西の文化差です。日本の文化はもともと「これが日本文化です」というものが明確にあるわけではなく、様々な異文化の影響を受けています。さらに地方にもそれぞれの文化があります。地元の文化が当たり前だと思っていても、日本中がそうだとは限らないわけです。その中でも特に大きく分けられるのは東と西の文化なんですね。
UD 日本は細長いですから、東西で文化がかなり違うと言います。エスカレーターも乗りかたが違いますもんね。例えばどんな違いがありますか。
斗鬼 社会の仕組み自体が実は違っています。というのは、日本には、東北日本型と西南日本型という2つの社会構造があります。東北日本型は同族型の社会でして。例えば新潟県とか岩手県とかは、本家と分家がものすごく重要で、組織を動かしてきた基本的概念なんですね。今は違いますが、田植えの時期に本家の仕事を分家も手伝ったり、お墓などは本家が一番いい場所に置かれたりしますね。
逆に、西南日本型の場合は組という概念があり、講組結合と言います。例えば葬式では、村の中で組の誰かが死んだら、組の人が取り仕切ったりしました。上下関係というよりも、対等な関係の中での組という概念が社会を動かしていました。だからエスカレーターでも東京ほどには全員「右向け右」とはならないんですよ。そういった部分で東京とその違いが強く出るところですね。
UD 面白いですね。日本でも組織の成り立ちがそんなに異なるんですね。
斗鬼 他にも、耳垢の湿り具合とか、身体的特徴にも東西で非常に大きな違いがある。その中でも、東西の文化差の境界線がどこにあるか非常に興味深いんですよ。1つだけじゃなくていくつもあるんですけど、一番は糸魚川静岡構造線や岐阜県関ケ原周辺(下図参照)ですね。実は地学的な境界線だけじゃなくて、文化的な境界線もここにあるんです。
(赤線で示した糸魚川静岡構造線は新潟県糸魚川市の親不知付近から諏訪湖を通って、安倍川(静岡市駿河区)付近に至る大断層線のことで、地質境界でもあります。この線の左右で、西南日本と東北日本に分断されます。)
UD 天下分け目の関ヶ原ですか。
斗鬼 エスカレーターの場合も、東西で乗りかたが違うことは周知されていますが、メディアも以前は地学的な境界線との共通点に関心がありました。そのため、実際に現地まで行って調査したこともあります。
エスカレーターの場合も関ヶ原周辺だろうと思い、関ヶ原駅手前の岐阜県大垣駅周辺を調べると東京式(右側空け)で、滋賀県に入ると曖昧になり、大阪府に入ると関西式(左側空け)になることを発見しました。関ヶ原は「天下分け目」と呼ばれていますが、そこに文化差もあらわれてくるんです。だから文化的な境界というのは、エスカレーターの乗りかたの境界でもあると思っています。伝統文化もエスカレーターの乗り方も一緒だと考えていくと、これからのエスカレーターについてヒントになると考えています。
UD 境界線という観点は面白いですね。実は先日、名古屋に出張したのですが、大阪府と東京都の中間に位置するからか、両方に立っているかたがいることにびっくりしました。誰も後ろからどいてと言いませんし、そのままジグザグに乗っている姿がすごく印象的で、エスカレーターの乗りかたとして効率よく乗れている印象がありました。
斗鬼 両側乗りが実は効率いいんですよね。名古屋も片側空け文化だったのが、地道に変化しました。そうなると日本全体で変わっていくことを期待しますよね。東西でエスカレーターの乗りかたが違うのも随分と当時は驚かれましたが、今はかなりの人が知っていますので、やっと色々な側面が見えてきているのだと思います。
UD 弊社の特許デザインを通して多様な人々がいることを啓発していくことは元々のコンセプトなので、広告の部分でもそういった安全啓発ができたらと考えています。エンターテイメント要素や何かしらの仕掛けをデザインでできればと考えていますね。
斗鬼 いいですね。エスカレーター横の壁の絵がアニメみたいに動いている広告をみましたが、面白い広告もあるものだなと思いました。
UD エスカレーターは人通りの多い場所に設置され、空間表現として様々なことができますから、色々チャレンジするのもいいかもしれませんね。
斗鬼 一定の場所からならデザインがわかるような、錯覚を利用したデザインも面白そうですね。
UD エスカレーターの独特な角度を利用できそうですね。弊社もエスカレーター全体のデザインを作り替えることや、どう表現を工夫すればいいか構想を練っています。その上で、誰も行ったことのない手すりのデジタル化を広めようとしていて。エスカレーター利用時は30秒間ぐらい人が滞留するので、色々な表現やデジタル表現ができると考えています。以前もお伝えしたNFCタグ(非接触型通信機)をシートの下につける取り組みも開発中です。
斗鬼 実現したら面白いですね。
UD 手すり広告の新しいありかたを模索中です。そして、斗鬼先生がおっしゃっていたようにエスカレーターは、1つの社会の価値観が反映されてる象徴みたいなところがあるので、これからのエスカレーターのありかたを考えることで、エスカレーターのマナーの部分だけじゃなく、色々なところに波及するきっかけに寄与できればという思いです。
最後に、改めて今後のことについてですが、斗鬼先生はエスカレーターについてどう関わっていかれますか。
斗鬼 エスカレーター自体は一通り研究した感じですが、今後はどう人々が使用するか、どう変えるのかという問題に注目するつもりです。他のマナーとの関係や、新しいものが世の中に登場した時の文化の変化の中で、エスカレーターの乗りかたにも変革もあると思うので、どう変容するのかを引き続き見ていこうと思っています。
UD 乗降時に立ち止まることや手すりをつかまるっていうことも、これからどういう風に世の中に受け入れてもらうか、結構知恵を絞らなきゃいけないところです。ぜひこれからも斗鬼先生のアドバイスをいただきたいと思っています。
斗鬼 私でお役に立てることがあればいつでもおっしゃってください。非常に大きなくくりですけど、私はいつも人間とは何か、日本人とは何かを考察していて、今後もそういった部分でエスカレーターと絡めていけたらと考えています。
UD ありがとうございます。ぜひこれからも、先生のお力添えをいただければと思います。引き続きよろしくお願いいたします。
おわりに
文化人類学とは「旅する学問」といわれており、フィールドワークを元に研究していきます。
この学問の普遍的なテーマは「人間とは何か」ということであり、一見関連しそうにないものでも実は奥底では繋がりがあり、文化の中に表われるそれぞれの人間らしさを見つめ、さらに追求していく、そんな面白い学問であるということを知りました。
先生の豊かな好奇心がゆえに、生活ではすでに当たり前になっているエスカレーターにたどり着いたのだと感じました。
そんな先生の研究姿勢に、弊社も大変刺激を受けました。
これからも広い視野を持って、エスカレーターの安全啓発やゆうどうマークの推進活動を行ってまいります。
最後までお読みいただきありがとうございました。
参考サイト
江戸川大学内 斗鬼正一先生紹介ページ
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