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【後編】エスカレーターのマナー向上を推進している東京都理学療法士協会へのインタビュー[安全とバランス感覚について]


はじめに

引き続き東京都理学療法士協会のエスカレーターマナーアップ推進委員会の事務局長である、小林和樹様へのインタビュー記事になります。

前編の内容は、同協会に関する活動をお伺いしました。

(本インタビュー記事の前編はこちら


前編では、東京都理学療法士協会の今までの活動や理念などを伺いました。

今回は理学療法士である小林様だからこそ話せる、エスカレーターの安全と身体バランスについてです。

 


(前編続き)

UD 以前、練馬区役所で施工した際に、東京都理学療法士協会さんの協力のもと、同所利用者へのアンケート調査をさせて頂きました。結果は見られましたか。

小林様(以下、小林さん) 乗降した際に、しるしのある・ないが視線に変化があるかどうかの話でしたっけ。


UD そうですね。我々にとっては象徴的だったのが、施工していない状態だと、怖がってしまって皆さん足元を見るんですね。ところが、「ゆうどうマーク」をつけると、乗り込むときも、乗っている間もほとんどのかたの目線が手すりに向くんですよ。当然顔上げてちゃんと視野を広げたほうが、バランスは保ちやすいと思うんですよね。ほとんどの人の目線や位置が変わったので、面白い結果だと思っています。

小林さん ゆうどうマークに気付くと行動が変わるんですね。やっぱり事故を減らせるっていうのはメリットですね。

UD これは弊社の考え方ですが、まだまだ一般的にはエスカレーター事故の分析が足りないと思うところがあります。障がい者のかたなどに広く使ってもらう上で、立ち止まって、手すりを摑まないといけないという観点はすごい納得もできるし、絶対必要だと思うんですね。一方で、転倒防止という観点に関しては、それだけで充分なのかっていう議論が我々の中であります。このゆうどうマークで目線をコントロールして、それらを解決するということをやっていきたいんですね。実は、統計を見てみると、立ち止まっている人の事故が全体の約50%なんですよ。これはエレベーター協会さんの協力のもと、東京消防庁が行った大規模調査の結果から読み取れますが、ではなぜなのかという分析が必要と感じております。

(エスカレーターに係る事故防止対策検討委員会「平成17年3月エスカレーターに係る事故防止対策について ー報告書 -」より引用


小林さん 主に手すりを持っている人が事故に遭っているのですか?


UD 同じ東京消防庁の統計ですが、手すりを“必ずつかむ”、“ときどきつかむ”と答えた人は88%にものぼります。特に高齢者の人って基本的に手すりを持つかたが多いんです。また高齢者では92%のかたが立ち止まって利用されています。これって時間帯による違いやそもそも手すりの掴みかたなど色々な要因があると思いますが、結局は、筋力の低下や身体バランス全体の低下という部分で、エスカレーターの乗り込み時のタイミングやステップの小さな振動でも不意にバランスを崩してしまうというのが、実はほとんどなのではという風に見ています。


小林さん ぶつかって転ぶというのはどのくらいなんですか?


UD そうですね、ぶつかるなどの受動的要因でケガをするのは約13%ほどです。つまり87%が利用者自身が原因の事故といえます。この分析を我々も深めていきたいと思いますし、その部分で東京都理学療法士協会さんは専門の知識がおありなんじゃないかなと思い、さらにエスカレーターの活動もされているので、お声掛けしたという経緯でした。


小林さん なるほど。臨床の現場では、バランスに関する問題を抱えた患者さんが多くいらっしゃいます。何らかの病気やけがで視線と自分の体の認識にギャップがあり、加齢による運動器不安定症が生じている人もいます。そもそもで言うと、人間って止まっていても常に重心が動いていて常にそれを調整しています。これを重心動揺と姿勢制御といいます。若い人が適度な範囲で調整していたのが、高齢になると姿勢制御が取れず揺れが大きくなっていたり、逆に物のように止まって重心動揺を狭くするという戦略をとる人がいます。子どもの頃に手のひらに傘を乗せてバランスゲームのようなことをした経験があると思うんですけど、これはユラユラ倒れそうになっても、上手く手のひらの動きによってコントロールされているんですね。実はピタッと止まっているほうが、安定しているように見えてバランスが悪いんです。

UD むしろ、高齢になると重心動揺の幅が増えるのかと思ってました。


小林さん  確かに重心動揺が増えるかたは多いと思います。姿勢制御の調整機能が遅延してくるとその傾向が強いです。しかし、臨床現場では体をガチっと固める戦略をとるかたですと重心動揺の範囲が狭くなるケースは結構多くみられますね。これらはどちらも問題となります。エスカレーターは動く床に乗り、乗ったら体は止まるのに周辺環境や視界は動き続けます。降りる時も床の速度と歩行速度を調整して降りるという、一連の乗り降りの過程があります。いずれもバランスをとる戦略が異なり、高齢者には難易度が高いものと考えています。

うちの病院でもバランス練習の一つに無意識に姿勢制御を促通するような機械をわざわざ導入するくらいです。

UD 促通というのは?


小林さん 促通というのは「引き出す」ようなイメージですかね。止まっていることを覚えてしまっている身体に、姿勢制御をさせるように引き出すことをします。わずかな動きに対してもバランスを取れるように促します。例えば、エスカレーターで止まって乗っているのに転んでしまうのは、床の微妙な揺れを感じて常に姿勢制御を取る能力そもそもが低下しているか、視覚情報とギャップに身体をわずかに調整するような姿勢制御が取れないかですかね。

あと今の話を伺って、体を止めながら手すりを掴んでいると、重心が移動する範囲って、そのまま立つだけだと足元までですが、手を手すりに添えると自分の足の底から手すりの位置まで重心が移動できる。それは 手すりを使うと、理学療法士としては重心の動ける範囲を広くして、安全性が高まるという概念なのです。


UD 手すりで身体を支えるということですね。


小林さん 通常時は足の形の中だけの重心移動の範囲ですが、杖を持つと杖のところまで重心の移動できる範囲が広がる。体が揺れる人には安全性が増しますね。ただ、身体をガチっと固めている人はそもそも手すりを掴んでもそこまで重心を移動できる戦略を持っていないので、転倒のしやすさは残ってしまっているのかもしれません。



UD 面白いですね。そうなると、もっと一緒に研究をしていきたいですね。

小林さん 例えば、僕らがよく現場で使うのは、転倒や骨折で入院されてきたかたに、1年以内の転倒があったかどうかを調査してみると、転倒歴があると骨折の再発が高いです。そうなると、手すりを見て、かつ手を置く人というのは、そもそもバランスを保つのが難しい可能性がありますね。

UD 確かにそれはあり得ますね。


小林さん 自己効力感とか、不安感とか、体力に自信がないっていう人が手すりを持っているので、そもそもそういう高齢のかたが転んでいるだけの可能性がありますよね。

UD 確かにそうですよね。


小林さん だから、統計的に手すりを持ってる人が転んでいるのではなく、ただ転びやすい人が手すりを持っていて転んでいるだけの可能性もありますね。もっと確かめないといけませんが、例えばエスカレーター事故にあった人の年齢層を見ると、この1年以内に転倒したことがあるか調査をしてみたら、意外とそもそも転びやすい人が乗っていたという結果が出ると予想がつきますね。


UD 練馬区役所内のアンケート項目にも、1年以内に転倒事故の経歴がどうかを聞いてくださいと東京都理学療法士協会さんからリクエストをいただいたのはそういうことなんですね?


小林さん そういうことですね。

UD それは一度転ぶと恐怖心などで萎縮するからですか?

小林さん そういうところもあります。精神的な影響もあるかもしれないですが、不安感といっても転倒するかもと思うだけで乗るのが怖いって人もいますし。そういう人は無意識的に日常に出ているはずです。例えば家で歩いてる際に普通に歩いてたのに、気づいたら壁の至るところを触りながら歩いていたり、テーブルの近くにいると、テーブルをつたってバランスを保ったりという行動が気になったりしますね。無意識にバランスの悪さをカバーするために体が反応しているんだと思います。


UD そういうことですか。それって我々のロジックと合っています。結局そういう重心動揺が小さくなっている人たちのバランスを回復するっていうのは、我々の観点でいくと視覚情報を増やすという点が重要と思っています。ベルトに目線を向けさせるために弊社は目立つ「ゆうどうマーク」を利用しています。それこそ、国土交通省のバリアフリーガイドラインでも方向やスピード感の把握の部分が取り上げられたりしているのですが、そこも大事ですが、より本質なのは、視野を広げるという点だと考えています。我々の「ゆうどうマーク」によって、先ほどおっしゃられた部分を、いかにクリアしていくということを追求したいと考えています。

小林さん 身体の活動や行動とか、どれぐらいギャップがあるのかっていうのは、あんまり詳しくはないですが、そういったエラーとかが体の中で結構起こってくる人は転ぶ傾向がありますね。あとは逆に言うと視覚ってすごく難しくて、情報が逆に増えれば増えるほど処理できない人たちもいまして。むしろ処理ができないから注視する人もいるかもしれません。その辺りは人によってバランス戦略が結構違いますね。


UD 「ゆうどうマーク」は、6年間の岡山駅での追跡調査で、78%の転倒事故減少に繋がるという結果が判明しています。ただ、ハッキリとロジカルにまだ解明できてないんですよね。前述しているように、こうじゃないかっていうのがあるのですが。東京都理学療法士協会さんと深堀りしていきたいテーマの1つですね。

小林さん そうですね。ぜひ企画していきましょう!


UD 結構ボリュームのあるお話を色々聞けたのですが、練馬区での取り組み以外でエスカレーターに対する取り組みについて、おぼろげでも考えられていることとかってあるんですか?

小林さん エスカレーターを通しての活動というのは、今回も話を出しました、学校教育の「道徳」のところを重視したいですね。子どもが知れば親も変わるかなと。本当は親が子どもの手本になるようになってほしいって言うのが基本としていて、これこそ僕らの活動の意義だと思っていまして。誰かが誰かを思いやるという形とかも、道徳的な、日本人の心に響く何かを作っていければなと考えています。それを広めるために出前講座を通して、次世代を担う子ども達に伝えることを大事にしたいですね。

以前、みずほ銀行さんと共同の取り組みをやったこともありました。同銀行内で世の中のためになることを、働いているかたに伝えていく取り組みの1つとして僕らもお手伝いしました。障害がある人たちをどう受け入れるか、社会の多様性をどう受け入れるのかを議題としてやりましょうという観点でした。こういったことは、これからの時代で大事になる企業の慈善活動やCSR活動に繋がっていくのではと思っています。そういったところに踏み込んで言って、大人も子どもも周りに思いやりを持つことが必要であって、お互いが寄り添えるような社会を目指したいですよね。

UD そうですね。本当に素晴らしい活動をされていますね。


小林さん ありがとうございます。そこに対してUDさんともそうですけど、一緒にやって行けば、もっと大きな取り組みに繋がるんだろうなと。画期的な何かがあればより面白くなるだろうなという想いで行っています。実際、僕らは“東京都”の理学療法士協会と言う形でやっていますが、我々の業界でもこの活動を広めていって全国規模で活動の輪が大きくなればと思っています。


UD 大変興味深いお話を色々とお聞きできました。本日はありがとうございました。

 

おわりに


人々が安全に暮らせる街、どんな人も安心して活動できる社会。


今回のインタビューを通して、世の中にすぐ変化が起きなくても、小さな行動の変化は大きな結果をもたらすと思いました。


弊社も小林さんたちのようにバリアフリーに対して真剣に取り組まれている団体様や会社様へ、今後もインタビューを続けていき、継続した協力体制を築いていきたい所存です。


最後までお読みいただきありがとうございました。

 

参考文献


おたくま経済新聞2019年6月21日付「知ってほしい エスカレーターの『わけあってこちら側で止まっています』」WEB記事

BuzzFeedNews2019年10月1日付「エスカレーターは登らないでほしい。左半身麻痺の女性がツイートした理由。」WEB記事

リガクラボ2019年10月9日付「エスカレーターを安全な乗り物にしよう!「親子で学べる安全・安心な乗り方教室」開催(10月27日@練馬)」WEB記事

リガクラボ2019年12月11日付「子どもたちに思いやりのこころを育む「安全・安心なエスカレーター乗り方教室@練馬」レポート」WEB記事

理学療法士・作業療法士・言語聴覚士が集うリハビリ情報サイトPT-OTーST.NET2020年12WEB付WEB記事

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