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【前編】江戸川大学・斗鬼先生にインタビュー [文化人類学の研究者がエスカレーターに出会ったわけ]


はじめに


今回、江戸川大学名誉教授の斗鬼正一先生にインタビューさせていただきました。


斗鬼先生は文化人類学の第一人者であり、様々な新聞や雑誌、ネットメディアからのインタビュー、数々のテレビ番組やラジオ等への出演経験があり、国内外の文化差や日常の当たり前に対する新しい発見を世の中に発信しています。


前編ではそんな斗鬼先生が、一見すると文化人類学には関与しなさそうな「エスカレーター」について、なぜフォーカスしたのかを伺いました。


さらに、文化人類学の観点から、「エスカレーター」の片側空けが浸透している日本で、これから人々がどう変わらないといけないのかについて話を聞くこともできました。


 

UD 先生とエスカレーターの出会いについてですが、たまたまテレビ局のかたがテーマとして取り上げてみたら面白いということで、先生が番組にコメントされたところから始まったんですよね。


斗鬼 実は異文化コミュニケーションの問題の中で日本人が異文化をどのように取り入れて、どうやって日本人というアイデンティティが維持され、変わるのかということに非常に関心が出てきまして。その中の一つがエスカレーターでした。だから私の研究分野である文化人類学となぜ結びつくのか驚かれる人も多いです。


UD 我々も先生がエスカレーターに出会った背景には驚かされました。


斗鬼 そうですね。もう一つは、エスカレーターという新しい道具が登場するとその使いかたの文化ができるのですが、それは民族によって違います。エスカレーターは乗降時の対人距離や、清潔観も関与するので、そういう点を今までの研究とシンクロさせています。それに、エスカレーターという身近なことから何が見えるか興味を持ちましたね。エスカレーター文化はまさに人間の鏡で、エスカレーターから日本人がどんな存在か見えてくると考えました。この社会はどういう特徴があるのか、実はエスカレーターを通してわかると思うんです。


UD なるほど。今までの研究を通じてエスカレーターにたどり着いたわけですね。


斗鬼 一番大きな問題は、背後で社会を動かしている価値観ですね。片側空け文化の始まりを見ると、イギリスだと第二次世界大戦中だったり、日本は高度経済成長期とバブル期で、その時代の価値観があらわれます。片側空けの発生時はどの地域でも「早いこと」に価値を見出す時代でした。あれから時代はすっかり変って、人々の価値観もすっかり変わっても、今もエスカレーター文化は変わっていないと思うんです。


UD 効率を求める時代に片側空け乗りが始まったんですよね。

(弊社コラム「エスカレーターでの効率のいい乗りかたについてー片側空けがもたらすこと―」参照


斗鬼 異文化に対する考え方という観点では、大阪で1967年頃に阪急が片側空けを呼び掛けたころの時代背景があるのですが、当時国際化という言葉が浸透していない中で万博が1970年に開催され、外国人が来日しても恥ずかしくないように、という意識が広がりました。明治の文明開化の時代から続く、「異文化の目」こそが基準という価値観が影響してますね。


UD 今のエスカレーターの乗り方は諸外国と日本を比較して生まれた文化なんですね。


斗鬼 実は私自身も体験していますし、当時の新聞を全部調べましたので断言できますが、東京の場合片側空けが始まったのは1989年頃ですね。本多勝一という朝日新聞の有名な記者がいたのですが、当時、マナーが素晴らしい欧米人と違いエスカレーターで棒のように動かない日本人を揶揄して、「エスカレーターのかかし」と書いていました。


UD そうなると国内ではどういう風に片側空けが広まったのですか。


斗鬼 日本の国内だと東京とか、大阪などの大都会が流行の発祥地ですね。東京がやっているのに、自分の地域ではなぜそうじゃないんだと、国内でも徐々に伝播していきました。日本は常に外に外に価値基準を求める傾向があります。これはもう遣唐使の頃からずっと続いていて、日本人の価値観は今も昔も根底は変わらないです。なので、日本人のエスカレーターに対する考えかたというのは、日本文化がかなり反映されており、逆に言うと、今度はエスカレーター問題を変えることによって、日本の社会を動かしている価値観をも変える力になっていくのではと思っています。身近なところから、社会を変える力になっていくといいですよね。


UD エスカレーターから世の中が見えてくるというのは、弊社としても興味深いです。


斗鬼 特に社会に分断が広まる中、人間は敵となる対象を身近なところに求める節があります。本当は社会を構成する仕組みや価値観が問題なのですが、その部分は自分から遠すぎて身近な敵を求めようとするわけです。そういったことを踏まえると、エスカレーターでもその状態を垣間見ることができまして。高齢者とか障がい者を後ろから罵倒するなど、心無い行動をする人が非常に多いのは残念ですね。


UD そうですね。東京都理学療法士協会さんもおっしゃっているところですね。


斗鬼 多様性という観点で考えると、今の日本は非常に閉塞感があって、経済も落ち込んでいると、私は考えます。日本の停滞感を終わらせるには、私はクリエイティブになるしかないと感じています。クリエイティブになるためにやっぱり多様性がなきゃダメなわけです。色々な人間がいていいわけで。本当は多様性こそ社会の力になっているのですよ。日本の発展を考えるなら、日本は多文化社会になっていかないといけないわけです。


UD 日本はこれから多文化を意識する必要があるんですね。


斗鬼 だから、エスカレーターで一列になってきれいに整列して、軍隊みたいに並ぶことが美しいとされる価値観は少し違うのではと考えますね。「一糸乱れぬ」が美しい、みんなと同じが良いという価値観は、私は怖いと思います。これでは益々日本の多様性がなくなると思います。


UD そうですよね。東京都理学療法士協会さんが、今後道徳の授業のテーマにエスカレーターを取り入れていこうとされていまして。弊社も参加した、それに対する意見交換でも、多様化の重要性が出てきました。それぞれの行動には背景があるんですよね。人をリスペクトするようになって初めて多様性に繋がるのでは、とおっしゃっていたのですが、まさにその通りだなと。先生のおっしゃるところとも、シンクロするところがあると感じました。


斗鬼 そうですね。それぞれに背景があることを人々が理解していくことは、安全啓発する際に必要になりますよね。



UD では文化人類学の観点から、日本はこれからどういう対応をする必要があるのでしょうか。


斗鬼 できれば行政などの圧力からではなく、エスカレーターの乗り降りで困っているかた、障がい者のかたについて人々の理解を深めていくことですかね。時間がかかるかもしれないですけど。名古屋で乗り方が変わってきたように、少しずつ広がりを見せていると思います。


UD 確かに両側乗りを見かけることもありますよね。


斗鬼 いずれにしても利用者ひとりひとりが考えて、改善していくことから始めることが必要不可欠です。だからあまりにも何も変わらない場合は、例えば埼玉県みたいに条例を通してとなります。ですが、本当は各々が考えて行動するのが理想ですよね。


UD 粘り強く啓発をして行くことが、ある意味一番近道であると。


斗鬼 だから、日本の中の「内なる多様性」に目を向けることが大事なんです。いろんな人を大事にすることが、結局全体の利益になるのです。


UD 「内なる多様性」、いい響きですね。そこは目を背けられないと言いますか、絶対他の人々とも共存していかないといけないですからね。


斗鬼 そうなると色々な人に出会う場所である交通というのが非常に大きな問題になります。だからエスカレーターで例えるなら、あまりにも整列しすぎると、違和感を覚えてしまうんです。みんなが右向け右の時代は終わったわけですよ。


UD これから多様性を理解してもらう上で、「内なる多様性」という言葉を認知してもらうことが大切になりそうですね。ただ、同時に「内なる多様性」って日々意識するのは難しいと感じました。人間って自分と同じことを皆も考えていると想像しがちですよね。


斗鬼 そうなると、啓発活動の一環としてまずは韓国のように子ども達に教育をするのはすごくいいなと思っています。教育施設を作るなどして、急停止の経験を子どもたちにさせればだいぶ違うと思いますし、エスカレーター問題をより身近に思ってもらえるかなと感じています。


UD そうですね。教育の中で安全啓発するのはいいですね。


斗鬼 防災訓練として行えばいいですよね。だから公的機関がもっとエスカレーター事故について、正確に公表することが必要になります。


 

おわりに


日本の中にある「内なる多様性」に目を向けることの大切さを、先生は説いてくださいました。

当たり前にあることに対して改めて考えなおすことから、変化は始まるのだと感じました。


後編は国内の文化差を通して見える、エスカレーターのあり方について伺いました。


最後までお読みいただきありがとうございました


 

参考サイト

江戸川大学内 斗鬼正一先生紹介ページ


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